玲衣は、大学のキャンパスを見下ろすカフェテリアの窓際に座り、コーヒーのカップを両手で包んでいた。外は秋の陽射しが心地よく、まばらに行き交う学生たちの姿が穏やかな日常を感じさせる。それでも、彼女の心はその光景とは裏腹に、重く冷たい何かに囚われていた。
「玲衣、ここにいたんだ。」
不意にかけられた声に、玲衣は顔を上げた。そこには彼氏の悠真が立っていた。笑顔を浮かべる彼の姿に、玲衣は一瞬ほっとしたような表情を見せるが、すぐにその瞳は陰りを帯びた。
「うん、少し考え事してた。」
「最近ずっとそんな感じだね。何かあったのか?」
悠真は心配そうに椅子を引いて彼女の隣に座った。玲衣は曖昧に笑いながら、視線を逸らした。彼にすべてを打ち明ける勇気がなく、でも心の中にあるその漆黒の感情を隠し通すこともできずにいた。
彼らは付き合い始めてからまだ半年ほど。初々しい恋愛の甘さが残る中で、玲衣の心に徐々に闇が広がっていた。原因は、彼女自身もはっきりとはわかっていない。ただ、時折感じるこの空虚さが、悠真との関係にまで影響を及ぼし始めていることは確かだった。
「玲衣、もし何か困ってることがあるなら、話してほしい。俺はいつでも君の味方だから。」
悠真の優しい言葉が耳に届くたび、玲衣は自分の中にある後ろ暗い感情が増幅していくように感じた。彼は完璧で、玲衣にとって理想的な彼氏だった。だけど、そんな彼に対して、玲衣は純粋に「好き」と言い切れなくなっている自分がいるのだ。
「あのね、悠真…」
玲衣は意を決して口を開いたが、その瞬間、言葉が喉に詰まった。どうしてだろう。彼に全てを話すことで、自分が抱えている闇が、彼の優しさで消え去るかもしれないと期待していたのに、口から出てくるのはいつもの笑顔だけだった。
「やっぱり、何でもない。ごめんね、心配かけて。」
悠真は彼女の手を握り、「無理に話さなくてもいいよ。でも、俺は玲衣の全部を知りたいんだ」と、微笑んだ。その優しさに胸が締め付けられるような思いがした。
その日の夜、玲衣は悠真の部屋に誘われた。二人で映画を見て、ソファーに寄り添いながら過ごす予定だった。彼の部屋はいつもきれいで、落ち着いた空間が広がっていた。玲衣は無意識に、そんな悠真の完璧さに引け目を感じていた。
映画が始まってしばらくすると、悠真は玲衣をそっと抱き寄せた。彼の温もりが伝わり、玲衣は彼に包まれる安心感を感じながらも、どこか違和感を覚えた。
「玲衣、俺たち、このまま進んでも大丈夫?」
悠真の言葉に、玲衣は一瞬動きを止めた。彼が自分に気を使っているのが分かる。それがまた、玲衣を苦しめた。彼の優しさに応えたい気持ちと、自分の中にある曖昧な感情との間で揺れ動いていた。
「うん、大丈夫…」
玲衣は自分に嘘をついたまま、彼のキスを受け入れた。だが、そのキスの甘さが、彼女の心に広がる闇を拭い去ることはなかった。
彼が優しく髪を撫で、唇を重ねる度に、玲衣の中で何かが崩れていくような気がした。それでも、彼を拒むことはできなかった。自分の心の奥底にある闇を、彼に見せることはできないと思ったからだ。
玲衣はそのまま、彼の胸に顔を埋め、涙がこぼれないように目を強く閉じた。
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